今回で8回目となるトーキン★カフェはいつもと趣向を変えてコラボレーショントーク!という事で、西区周船寺にあるカフェ・ド・ヒナのゆうこさん、同じく西区愛宕にあるキャナリー・カフェの丸石さん・肥塚さんを同時にインタビューしちゃいました。というのも先日このメンバーにスウェードを含めて警固に今年オープンした中華料理店「新記」さんにてミニ忘年会を兼ねて行って参りました。結構お酒も入ってのトークになっちゃってますので、そこんとこヨロシクです。
※この取材は2004年当時のもので、現在とは異なる内容もございます。


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スウェード(以下●)ハイというわけでですね、もう深夜になってしまってまして、皆さんお酒も入った状態でのトーキン★カフェのスタートなんですが。(笑)
ゆうこ(以下ゆ)いいですね、バックが中華っぽくて(笑)
●あはは(笑)ですねえ。ハイ、というわけで今日は2店舗のオーナーさん達に色々お聞きして行こうと思ってます。まずはカフェをやろうと思ったキッカケから御願いします。
丸石(以下丸)そうですね…。やっぱり学生の時の影響が一番あったと思います。僕らが高校から大学の時にもカフェブームがあって、その時になんか、カフェってすごい居心地の良い場所だったんです。しゃれてるし、女の子も綺麗に見えるし(笑)。そこに少ないこづかいの中からお金を出してでも通 うというのが、その頃の僕らのステータスだったんですよね。そこにはアップルタイザーとか、そこでしか飲めないようなものがあって。
:わーなっつかしーですね(笑)。当時はペリエとかもなかなかなかった時代ですよね。
丸:なかったなかった(笑)
:家で飲むのと違ってレモンとかライムのスライスとか入ってて。そんな雰囲気こそがカフェっぽかったですよね。
丸:ホントそのくらいの事でも当時はすっごいオシャレだったんですよ。その空間に自分がいるのが好きでしたね。
:ちょっと背伸びしてたというか。
●じゃあ、そういう場所に行ってる頃から「ゆくゆくはカフェやりたいな」っていう思いを持ってたんですね。
丸:その頃からやりたいってのもあったんですけど、その後一旦カフェが衰退したんですよ。その後はベローチェとかドトールとかのチェーン系しかなくて。で、あの当時カフェにいた人達はどこに行ったんだろうとずっと思ってました。
:ちょうどファーストフードが全盛期の頃でしたよね。
丸:ですね。そうなるともう、行くところがなくて。そうなったらもう、自分でカフェを作らないといけないだろうと。
●丸石さんはそれまでは何なさってたんですか?
丸:飲食業に従事してました。高級中華店でサービスをやってました。ここ(インタビュー場所である中華料理店・新記)のオーナーとも一緒にやってました。
●じゃあ、中華店で働きながらもゆくゆくのカフェ経営について考えられていたんですね。 ゆうこさんはどんなカンジでした?
:もちろん丸石さんのようなキッカケもあるんですけど、最初は叔母が喫茶店をやっていたんですよ。その影響で小さい頃からお店に出入りしてて。常連さんが多い喫茶店だったんですけど、その頃から大人の世界にあこがれてたんですね。(笑)
●おお〜、そうなんですか。



:実際にお店を始めたきっかけは割となりゆきで始めちゃったんですけどね(笑)。丸石さんのおっしゃるように当時は自分の居場所ってなかなかなくて。それこそネットカフェとかもなかったから、コーヒーを飲みながらお店の人と会話する店ってなかったんですよ。10代後半の頃からは西新の個人オーナーの店によく行ってて、その頃から自分でやる店にあこがれてましたね。
●なるほど、お二人ともそういった経緯でカフェをやろうと思うワケなんですけども、じゃあその次は実際にカフェを始めようと店舗の立ち上げにかかります。出店に至るまでの経緯をちょっと聞いておきたいんですけども。
丸:僕の場合は勤めていた中華料理店の親会社が倒産しちゃったんですよ。以前から友達にはカフェをやりたいって事を相談してたんですけど、ちょうどそのタイミングで「せっかくだからやれば」って友達が資金の協力をしてくれて。父親が建築関係の仕事をしてたんで店舗を作る材料もあったし、すぐ作れるような状況だったんです。
●なんかいい流れですねー。
丸:その時に物件を探そうとしてて…
肥塚(以下肥)知り合いのイラストレーターの方から話があったんです。
丸:そう。知り合いのイラストレーターの方が古小烏にカレーとナンのお店を持ってたんですが、やめられてしまってずっと使われてなかったんです。そこをちょっと貸してもらって、まずはそこでメニューづくりとかをやりはじめました。
肥:1ケ月半くらいの間ですね。
丸:メニューづくりをしつつ、ヒマな時間に物件探しをしてるうちに今の物件(西区愛宕)に巡り会ったんです。
●そうですか。でもなんで愛宕って場所だったんですか?他のエリアじゃダメだったんでしょうか?
丸:本当は西新か大手門、あの辺の雰囲気が好きだったんです。でも、僕らが求めてる10坪くらいでふたりでできる店と思ったらなかなかなくて。愛宕の方は建物は古かったけど、国道沿いで目立つ場所だったから決めました。そして2ケ月かけてお店を作りました。
●確かキャナリーさんって内装なんか自分達で手作りで作ったんですよね?
丸:僕らのできる部分は全部自分達でやりました。あとは職人さんに頼んで。請負でやってもらうと高いので、日給で御願いして。(笑)
●あの場所って以前は何屋さんだったんですか?
丸:元々は大家さんの運営する「スギノヤ食堂」っていう食堂で…その後体悪くされてからは賃貸物件にされてて。それからは便利屋さん、たこやき屋さん、弁当屋さんと入れ替わり立ち替わり。それも1・2年の間にだそうです。
肥:みんな2・3ケ月でなくなってたらしいんですよ。実はその原因がわかったんですけどね。
●な・な・何だったんですか?
肥:風水が悪かった(笑)
:え?(笑)
丸:風水がすごい悪かったんですよ。
:でもキャナリーさんは今は全然大丈夫じゃないですか。
丸:いえ、でも入り口替えてるんですよ。
肥:入り口を逆転させて、窓を全部ふさいだんです。
●あ、元々は入り口は逆の面にあったんですか。
肥:今、窓になっている所が入り口だったんです。あそこが鬼門で、すごい悪い方位 なんですよ。
●へーっ、そうなんだ。
丸:だって店作るのに最初から風水悪い所にまた同じドア付けたくないじゃないですか。せっかくだったら替えようよって。(笑)
:今は全然変な空気ないですよね。むしろ暖かいイメージだし。
肥:でも玄関替えるのは最初すごい抵抗あったんですよ。工事大変だし。悩んでたんですけど、その時たまたま持ってきていた方位 磁針を床に置いてて蹴飛ばしてしまったんですよ。そしたらその悪い方角にヒビが入ったんです。うわっと思って(笑)。「これは替えれっていいよっちゃろう」って(笑)。
:まあ、場所が愛宕だからね(笑)。愛宕は色々ね、伝説が多いところだから。
肥:そうなんですよ(笑)。
丸:替えたことで結構スッキリしましたもんね。
:そういうのがやる気に影響しますよね。
丸:というわけでちょっと長くなりましたけど。
肥:そんな経緯のキャナリーです(笑)。